2009.10.13

有川雄二郎

 

 酒はあんまり飲まない。懇親の場では仕方がないから、少し飲むけれど、ひとりで飲むことはまずない。
 もともと酒は好きでもないのだ。学生の頃は、酒を飲むとよく吐いた。なんてイヤなものだろう、もう決して飲まないぞ、酒は、と誓いながら、トイレで苦しんでいた。
ところが、卒業して出版社に就職すると、そんなことは言ってられ、なくなった。ともかく周りが飲むのだ。編集長と昼飯に寿司でも御馳走になると、たっぷり2時間、同僚の悪口を聞きながら、ビールを数本は飲む。夜、暇があると、先輩に連れて行かれて、三光町、ゴールデン街、緑陰街、四谷しんみち通り、荒木町。六本木や渋谷など軟弱なところには行かない。新橋、池袋など会社員っぽいところにも行かない。先輩は、「おや、みっチャン、すっかり主婦の手になってしまったね」と気の利いた言い回しをして見たり、天井を凝視しながら「感性は思想を凌駕し、そして風景が感性を凌駕する」などと物凄そうなことを言ってみたり、私が感心しながら聞いていると、「おい、有川、いいから飲め」。夜中の2時以前には、帰るとは言い出せなかった。忙しいときは、会社で飲む。たいていの編集員は、机の引き出しに、ウイスキー、泡盛、ウオツカ、まれにブランディなどを入れておき、校正をしながらちびりちびり飲んだり、著名な作家の原稿を整理しながら、「こいつ、くだらねーこと書きやがって」と悪口をいい、やがて周囲の同僚と口げんかになり、私といえばレイアウトのデザイナーと部屋の隅で、テーブルに座布団を載せて「こいこい」をして、そうやってご機嫌を取らないと古株のデザイナーは仕事を始めてくれないのだ、やはり、ウイスキーなど飲みながら札を撒く。40年も前の話だ。
 そんな生活をしているうち、少しは酒も飲めるようになっていった。
 40を過ぎてから、酒で乱れるようになった。からんだり、悪騒ぎをしたり、何よりも、ブラックアウトすることが増えてきた。どうやって帰ってきたのか分からない、もとより何を言ったのか覚えていない。周囲の人に、ずいぶん不快なめに合わせたと思う。
 それで、もっと和やかに酒を飲もうと、ホステスなど女性のいる酒場に行くことにした。ところが、これがつらいのである。何を話してよいか分からない。こちらが話すこと、すなわち部長の悪口、宇宙の構造と進化の不思議、太宰の自殺について、金融業は賎業と断じられる3つの理由などの話題には、女は一切興味を示さない。女の話題はといえば、テレビ番組でのタレントの振る舞い、タレントの着ている洋服、タレントと偶然一緒になったレストラン、タレントの両親のうさんくささについてなどで、私は関心がないし、そもそも一切知識がない。
 沈黙が続き、無聊の余り、ふと、隣の女の子の長い髪の毛でもなでたりすると、「やめてー、気持ちワリー」とか、たいしたことでもないのに大げさに騒がれて、しかし、大変ばつの悪い思いをする。高い金を払って馬鹿馬鹿しい限りである。
 そこで、若い女の居ないようなところ、たとえば焼き鳥屋、おでん屋、きたない居酒屋など行くようにしたが、これがまた、品の悪いババアなどが仕切っている場合が多く、たいていは客に無闇に説教をしてくる手合いで、「有ちゃんも、そんなこと言ってたら、まだまだガキだね。苦労が足りないよ。あまいあまい」とくどく、口汚くののしり、だいたい場末の飲み屋ババアに人生を説く資格があるのか。それほど人生が分かっているなら、いつまできたねー店にいるのだ。それにしても、ババアの店の客は、概して、ふがいのない者が多く、横暴ななババアの態度に抗議すらせず、何を言われても、弱よわしく迎合のあいそ笑いを浮かべ、屁のような話をしながらだらだらと飲んでいる様子は、見ているだけで苛立つ。
 そんなことで、50を過ぎた頃から、外の酒場では飲まず、もっぱら自宅で飲むことにした。もとより妻は喜ばず、手酌で一献始めるとすぐに「私はお先に」とさっさと自室に引っ込み、仏頂面の相手ではこちらが御免蒙るから、別に悔しくも何ともない。しかし、家の中で天井を見つめて酒を飲んでいても馬鹿馬鹿しいので、庭に出て縁台に座って飲む。すると飼い犬のジョン(コリー種)が縁台に乗ってきて、差し向かい飲む。犬はババアと違って説教はしない、何をぐちっても反論をしない。また、キャバクラ嬢と違って髪の毛を触っても文句を言わない。そこが、犬はえらい。そもそもどこまでを髪の毛というのか、背中または顔との境目が犬の場合、分からないということはあるが、酔っ払ってくるとそんなことはどうでもいい。ただ、犬には悪いことがあり、それは酒のつまみを食ってしまうことである。トイレにたって戻ってみると、ホテイの焼き鳥缶詰はきれいになくなっている。ジョンは戻ってきた私に無邪気に尻尾を振って見せるが、犯人はすぐ分かる。そこがジョンとは言え、犬のおろかなところだ。
 雨が降ったりするときは、扇風機を相手に飲んだ。「すず風」とか「そよ風」とか名前もしとやか、ピンクや薄いブルーの透明な羽を回しながら、ゆったりとかしらを振る。酔って来ると、なんだか、京都のすこし年増の女性が、微笑みながら、酒の相手をしてくれているような気分になる。声も聞こえるような気がする。犬と違って、おかずを食べない。なにか朦朧としてくる。桃源郷というのだろうか。
 妻と別れ家を出、ジョンとも別れ、扇風機とも別れた。
 それで、酒は今は飲むことがほとんどない。