2014.9.12

老爺問

有川雄二郎

キケロの「老人について」は、ローマ時代の賢人が老境を如何に過ごすべきかを説いた書であるが、年を取るのは楽しいことで、若い頃と違って、何物にもとらわれることがなく、自由が謳歌できる、というようなことが書いてあるが、なんだか全篇これ負け惜しみのような論旨で終始している。しかし自らを鑑みるに、老人の思考の大半は負け惜しみで占められているのは実感としてわかるので、洋の東西、時代、賢愚にかかわらず、老人は同じようなものだなあという感慨を得た。さて、世に老人に関わる書籍は多数あり、しかし大半は、愛されるに老人になるためにはどのように行動すべきか、ということであり、老人が他から愛惜の情を得るためには、速やかに幽冥界に赴く以外にないという不動の格率からすれば、そのようなアドバイスは空しいものである。そもそも、人から好かれるなどと今更何を言うのか、往生際に悪い、馬鹿馬鹿しい話である。

 

しかし年少の諸君は、老人に対して愛情はないとしても、幾多の疑問はあるようだ。年を取ると、どうしてあのような状態になるのだろうか、と不思議に思うらしいので、私に浴びせられてきた老人についての質問のうち、代表的なものを挙げ、諸君の将来への参考に供しようと思う。これも、先に老いゆくものの務めであろう。

 

年寄りへの疑問1.「どうして、老人になるとくどくなるのですか?」

これはいい質問である。

一言で言えば、この生涯、今までにあまりに数多くの馬鹿と出会ってきたからである。現前の人間も馬鹿に違いない、という前提で(この前提はたいてい当たるのだが)噛んで含めるように話なければならないからだ。また数ばかりでなく、多様な馬鹿と出会ってきたから、多様な諭し方を披瀝しなければならないからである。

 

年寄りへの疑問2.「どうして、老人になると短気になるのですか?」

これもいい質問である。

一言で言えば、長い年数を掛けて、やっと真理に到達したからである。若い頃の、愚昧で朦朧とした、焦点がぼけた世界観が経験により研磨され、ついに鋭く純粋な諦観を得たのである。若者の不純な情念や粗雑な論理に、活人剣とは言え、顕正の剣を振るわざるを得ないからである。

 

年寄りへの疑問3.「どうして、老人になると忘れっぽいのですか?」

これは未熟な質問である。

忘れることが悪いという前提があるようだが、これは間違いだ。物事は、①忘れてはならないこと、②忘れてもいいこと、③忘れなくてはいけないことの3種類の分かれるのは当然のことだが、①に属する物事は大変少ない。ほとんどの事物は、②か③であるから、忘れたからといって咎め立てすることはないのである。質問の趣旨は、人の名前を忘れるとか、会う約束を忘れるとか、電車にカバンを忘れるとか、お釣りを忘れるとか、来た道を忘れるとか、歩いていて目的地を忘れるとか、今パンツを脱いだのはトイレに行くためなのか、それとも風呂に入るためかを忘れるとか、眼前の異性は情けを交わしたことがあったのかどうか忘れるとか、そのような事例を指して大げさに非難しているのだろうが、いずれも大した問題ではない。人生に出くわすこと、大抵のことは、覚えておかなけれならないことは少なく、むしろ早く忘れなければならないことのほうが多いのだ。禅に曰く、本来無一物。呼吸すること、財布をなくさないことさえ忘れないでいれば良い。あとは忘れていい。

 

年寄りへの疑問4.「どうして、老人になると加齢臭が漂うのですか?」

これも当を得ない質問である。また失礼な質問とも言える。

加齢臭には謎が多く、確かなこと言えば、周囲は「臭い」とか嫌な事を言っても、本人には臭わないものである。私も、白髪がめっきり増え、またハゲもかなり進行し、顔と首あたりにくっきりと深いシワができ、シミや老人性白斑は体中に出来ている。それらは視認できる。また、物覚えが悪くなり、足元も危うくなり、よく転んだりする。それも年を取ってきたなと、自覚をしている。しかし、私の加齢臭は一回も嗅いだことはない。どんな匂いなのかもわからない。同じ匂いといっても、屁の方は、自分の屁でもこれは臭く、自覚はある。だから、加齢臭なるもの、私を陥れるために、ないものをあるあると、周囲が騒ぎ立てているだけの公算が大きい。本人が臭わないのだから、「加齢臭」なるものは世に存在せず、と断言して良い。

 

年寄りへの疑問5.「無表情な老人が多いのですが、老人は何を考えているのですか?」

何も考えてない場合が多いが、考え事も時々する。例えば、自分が透明人間になった場合、どうするかが難問なのである。洋服や靴を脱がないと透明にならないだろうが、全裸で歩いて怪我しないだろうか、また透明だから他人から気づかれもしないので、車に轢かれたり、チンチンを自動ドアに挟まれたりしないかも心配だ。それから、唾を吐いたり、鼻をかんだり、そういう体外に出るものは見えてしまうのだろうか? 空中に、突然、青っぱなが出現するのは、シュールな感じがする(注1)。 そうして、透明であることをを利用し、ちょっと口に出して言えない悦楽をどのように実行するか、というたぐいの考え事が多い。もっとも、このような考え事は老人になってからというより、子供の頃からずっと考えていたテーマでもあった。あと、今日の夜は何を食べようか、たしか、冷蔵庫に納豆とベーコンの残りがあったはず、と食いもののことを考えている。

(注1)放尿・排便がさらにシュールな情景であると想像できる。しかし、透明人間の体内に入るものがいつから透明になるのかは、不明の点が多い。りんごを食べる場合、りんごを手に持っている時は、完全に見えるだろう。これを口に入れると、常識的に考えると、口腔内に入った部分は透明になり見えなくなり、口からはみ出している部分だけが見える部分となる。さらに、残りのりんごも口に入れてしまうと、全く見えなくなるのではないだろうか?
そうしてみると、りんごが透明人間の体で隠された部分が透明になるということだけど、何も隠すことができないから「透明」なのであって、透明人間の体でりんごが隠されてしまっては「透明」と言えない。透明人間は矛盾に満ちた存在なのだ。

 

 

年寄りへの疑問6.「年寄りなのに、どうしてお金を持ってないのですか?」

「なのに」と逆接で繋がれている理由が分からないが、答えは使ってしまったからである。一切、使ってこなければ、何億円も溜まっていたのだ。主な使い先は、女房(悔やまれる)、子供(これも悔やまれる)、食物(これは悔やまない)だが、諸君はこれから教訓を学ぶが良い。

 

年寄りへの疑問7.「お葬式はどの様な形式がいいですか?」

これも愚問。その時は、いないのだ。

 

年寄りへの疑問8.「年寄りはどうしてスマホが嫌いなのですか? ガラケイばかり使っていて。

ガラパゴス系と言って馬鹿にするのは、世界に孤立していることを指すのだろうが、そもそも文化は全てガラ系なのだ。孤立しているからこそ、オリジナリティーが生まれ、個性が生まれる。IT系の人間は、すぐ、「グローバル」と称しているが、グローバルな価値は煎じ詰まるところ、金勘定しかない。私は、日本が生み出した携帯電話を死ぬまで守り続け、子孫に継承してく覚悟である。

 

年寄りの疑問.9 どうして年寄りはお茶を飲む時、ほっぺたに含んで口の中をうがいしてから飲むのですか?

私はコーラを飲む時も、ビールやワインを飲む時も、うがいをしながら飲む。それはうがいをしながら飲むと、幸福になるという言い伝えが昔からあるからである。私は父親から教わった。ま、君は若いから知らないのだろうが、日本の美習である。君たちにも是非伝えていきたい。

 

年寄りへの疑問.10  どうして年寄りはどこかへ出かけるとき、ナップサックを肩にかけて出かけるのですか。あの中には、気持ち悪そうなものが入っているような気がするのですが、何が入っているのですか?

ナップの中には「希望」が,老残の「希望」が詰まっているのだ。