2015.2.3

独楽吟

有川雄二郎

たのしみは 妻子(めこ)睦まじくうち集い 頭ならべて物をくふ時

たのしみは 珍しき書(ふみ)人に借り 始め一ひらひろげたる時

たのしみは 心にうかぶはかなごと 思ひ続けて煙草吸ふとき

たのしみは 朝おきいでて昨日まで 無かりし花の咲ける見る時

たのしみは まれに魚(うお)煮て兒等(こら)皆が うましうましといひて食ふ時

たのしみは 錢なくなりてわびをるに 人の来りて錢くれし時

たのしみは 昼寝目ざむる枕べに ことことと湯の煮えてある時

たのしみは 機(はた)おりたてゝ新しき ころもを縫ひて妻が着する時

たのしみは 戎夷(えみし)よろこぶ世の中に 皇國(みくに)忘れぬ人を見るとき

江戸末期の福井の人、橘曙覧の歌だ。歌が釀出する情景とその心象にファンも多い。私も好きだ。鋭い感受性があり、普段の生活の一こまに心を動かされ、歌い上げ、それでいて静かに送る人生への態度は変わらない。なかなかこうはいかない。
越前の太守・松平春嶽は橘宅を訪れた。崩れかけた小屋に筵を敷き、その筵には虱が這い、数冊の書物に古い文机があるだけ。その貧しさに呆れ驚き、しかしその人柄、学識、国を思う気魄に打たれ、それに引き換え大名たる自分は志操、甚だ劣る、恥ずべしと、その訪問記にある。風格のある誠実な文章だが、これも岩波文庫の『橘曙覧全歌集』にある。死ぬ前に一度、読むべし。

 

私も橘曙覧のように詠ってみたい。曙覧のように、さらさらと、すずやかに、ほのぼのと思いを陳べたいものである。曙覧とは、時代や暮らしに差があるが、さはあれ、ともに生きとし生きるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせて見たいのである。ここで彼我を考量するに、彼は清らかに我は濁り、彼はつつましく我は貪り、彼は家族を慈しみ我は家族に捨てられ、彼は静かに我は騒がしく、彼は愛し我は恨む、そのへんで多少人格が異なるところはあるが、そこは歌の道、万葉に貴賎なし、心を振りぼり言の葉を並べん、聞け、老残の声。

 

零細企業主 独楽吟
たのしみは おそるおそるの見積もりを 客が黙って受け取りし時

(自注:ほっとした気持ちは何事にも代え難い。やがて、もっと高くしておけば良かったと、悔いが生じてくるのだが)

たのしみは 社員にいやみを言い続け 赤字の憂さを晴らしたる時

(自注:社員は不満かもしれないが、これも立派なご奉公なのだ)

たのしみは パーティの後の残り物 気兼ねもせずに好きに食ふ時

(自注:ボーイがどうぞ、と勧めてくれるが、ホテルによってはさっさと片付けてしまうころもある。プロトコールがなってない)

たのしみは 自販機の缶を取り出して 釣りが100円多く出るとき

(自注:まれに数字が4つ揃って、もう一本もらえる時がある。もっと嬉しい)

たのしみは 飲みやの婆つくづくと 「いいとこあるね」と言われたる時

(自注:ババーに言われて嬉しいか?と言われれば、嬉しいと率直に言おう。ほかに、私に関心を持ってくれる人がいないのだ)

たのしみは 携帯持たず出張し 誰にも追われず列車に乗る時

(自注:20年前はポケベルだった、40年前は公衆電話しかなかった、われわれの世代は)

たのしみは 馬鹿な社員がたまさかに 大きな話をまとめたる時

(自注:しかし、次からはまた馬鹿に戻る。不思議だ)

たのしみは 社員のいない昼休み エロいサイトをひとり見る時

(自注:楽しんでいる最中に、報告をしに私の机の横に来る社員がいる。「ダメだ、いま近くに来ちゃ。5m離れて報告しなさい」と無作法を注意するのも社長の役目)

たのしみは 二重に払った相手から これは多いと金戻る時

(自注:そんなことが2,3度あって、日本人はいいなー、と思う。しかし、私が二重に払われた経験はない。不思議だ。そうなったとき、私は返すだろうか? 深い心の淵だ)

たのしみは 大きな会社の部長とて 威張りし友が定年の時

(自注:もう威張れないぞ。しかし彼の企業年金が私の月給より多いのに苛立ちを覚える)

たのしみは 嫌な客との酒席にて 「早めに帰る」と念押さるる時

(自注:そんなときは嬉しくなって話が弾み、かえって長居をされる時もあるから気をつけなくては)