2014.9.22

正しい偽善のあり方

有川雄二郎

偽善は、緻密な構成に基づいてなされなければならない。

粗雑な偽善は、人の憤激を呼ぶ。これは、偽善家の私が断言するのだから間違いはない。

今、偽善家の私、といったけれど、私以外の人も多かれ少なかれ偽善家であると思う。なぜならば神様は人間を造る時に、「偽善」と「ばか」をこね合わせて作ったからである。普通の人は、それが程よくこきまぜられているのだが、時折、一方に片寄る人もあるのはよく知られた事実である。それはともかく、「ばか」はlet it be,すなわち地のままでよいのだが、偽善は緻密であることの労を惜しんではならない。

例えば、偉い人の自慢話・不幸な人の愚痴話など聞きたくもない話に対して、善人を装う私は、強く関心を持つ聞き手のフリをするために、緻密な構成をもってこれに対応する。話手の目を見つめてそらさず、話の合間に「はーはー」と相槌を打ち、熱が入り話のサビに来た時には「ほーっ」とか「へーっ」とか感嘆の声を上げ、駄洒落が混じった時はすかさず「ふふっ」、下ネタに際しては「ひひひ」とタイミングよくハ行を活用して反応し(「あーあー」、「うーうー」、「おー」などア行活用は横柄に聞こえる)、しかし単調に堕しないために、「そのとき相手はどんな顔をしてましたか?」などの質問も交え、たまには「いやいや、そんなことをしたらまずいのではありませんか」と反論に出て、相手が少し気色ばみ、「まずくないんだよ。そのために俺はこうしてああして……」と詳しく自分を正当化するので、そこで、膝に手を打ち、「あーなるほど、そうか」とつぶやき、「よっく分かりました。勉強になりました」と晴れ晴れと述べ、改めて尊敬の眼差しをもって相手に向かう。

偽善と言われるからには、そのくらいのことはしないといけないのだ。

ところが、世に、手抜き偽善が有り、看過できないのでここで注意を促したい。一例はカード会社である。彼らは「個人情報はきわめて大事にする」と、さも客思いの事を言っているが、これが粗雑な偽善であるのだ。

カード会社から留守電が有り、「お話したいことがあるので、折り返し、電話をください」とのこと。内容は聞かなくても分かっている、請求額の引き落としができない、ということに違いない。残高がないのだから当たり前なのだが、一応相手の顔を立て、電話をしてみる。「さっきそちらから電話を頂いた有川ですが、ご用件は?」と聞くと、「有川様ですね。ご本人確認をします。フルネームをおっしゃってください」と言うので、「有川雄二郎」と答えると、「それでは住所をおっしゃってください」、住所を述べると、今度は、「登録された電話番号は?」と聞かれ、さらに、生年月日、登録された銀行口座など、警察の容疑者取り調べのように質問される。「そちらから電話をかけてきて、私は有川と名乗って折り返ししているのだから、そこまで不要でしょう」と苦情を申し立てると、「いえ、万一、違う方にあなたの個人情報を漏らすことになってはいけませんから。これは当社のコンプライアンスにも規定されております」と、胸を張って、答える。

しからばカード会社に問う。これで有川雄二郎本人とあなたには分かったかも知れないが、こちらはあなたが本当にカード会社社員であるかどうか分からない。誰かが偽の問い合わせ電話を私にかけてきて、私の個人情報を聞き出そうとしているのかも知れない。こちらもカード会社社員であることの本人確認をしたい。電話に出たカード会社社員の、フルネーム、住所、電話番号、生年月日、銀行口座は当然として(こちらが言わされたので、対抗上言ってもらうが)、これだけではこちらからの本人確認ができないから、あらかじめ定めておいた合言葉を言ってもらう必要があるとは思わないか。そんなに私の個人情報を守ってくれたいなら、まず、自分がまさしくカード会社社員であるということを証明してから、私と話を始めるのは当然ではないか?

重ねてカード会社に問う。私の個人情報を大事にすると言い、私と電話で話をするだけでもしつこく本人確認をしなければ内容を話さないくせに、カードの請求書の郵便を書留でもなく、配達証明便でもなく、普通郵便で送るのは何事か。会社では、誰が受け取り、誰が開封するかもわからない。また自宅マンションの郵便受けでも、誰が私のポストを開けて見てしまうか分からない。請求書は個人情報の塊である。若い頃、妻が私宛のカード会社の請求書を開封し、デパート婦人服売り場で3万円のブラウスを買ったようだが、誰に買ったのだ? 私は貰ってない、ブラウスどころか歯ブラシ1本買ってもらったことがない(歯ブラシは買ってあげたこともあったような気がしたが)と喚きたてられ、殺人未遂が起こされたことがあった。さほどに個人情報は大事なのだ。本来なら、書留どころか、カード会社社員が直接持参すべきものなのだ。それを粗雑に普通郵便で済ませるのは、どういうことか?

三たびカード会社に問う。時に、カード会社からの郵便で、ユニセフへの寄付を求める手紙が送ってこられ、カード会社のくせに寄付とは猪口才な、しかし、他人に寄付を進める以上、おめーも寄付しているのだろうな、あなたの会社はいくら寄付しているのかと電話で問い合わせると、言え、私どもは代行してユニセフさんの勧誘状を送っているだけです。内容については一切、関知してません、という。カード会社が自分の名前で会員に手紙を出し、その内容は知らないという無責任さ、しかも悲惨な人たちに善意の寄付を募る手紙を出しておいて、自分は寄付もせず、その手紙を出すことで金を儲ける。その不実な心の内はそれとして、その行為は名簿を売っているのと同じことだろう、個人情報の厳守の見地からも糺したい。

 

粗雑な偽善で言えば、ビジネスホテルも人後に落ちない。

最近、環境保全のためと称し、「2泊以上の場合、シーツ布団などを洗濯しない。環境のためだから理解してくれ」というところが多くなってきている。歯ブラシやカミソリを支給しない、また石鹸も最初の支給のみ、というところも多い(椿山荘ホテルはビジネスホテルではないが、連泊しても新しく替えてくれない)。

「環境のため」というのは、洗濯すると電力を消費し、これはCO2を排出することに繋がるという論理だ。フロントにも本社にも確かめた、彼らのつけた理屈であるこれが欲を偽善で覆い隠していることは、三尺の童子といえども知れたことだ。寝具の洗濯代といえば、500円以上はするだろう。ホテルは、これを払うのが惜しいのだ。惜しいから、とはっきり言えば可愛いのだが、「環境」のためと称する。粗雑な偽善の修辞の好例である。

洗濯代500円のうち、電気代にあてられるのは、せいぜい10円か20円である。あとの人件費、洗剤費、工場償却費、運賃などの方が、よほど大きな部分を占めている。それにエネルギーを消費するなら、客室のテレビ、エアコン、浴槽のお湯の方がよほど大きい。テレビ、エアコン、お湯の使用を禁止したほうが、自然により優しくなる。ついでに館内の灯火を取り外し、寝袋持参の客のみ泊める、そこまでして初めて環境にやさしいと言えるのではないか? それに、洗濯機電気代などのみみっちい話よりも、そもそも旅行そのもの方がCO2を大量に輩出し環境を破壊する。ホテルまで、飛行機で来るにしろ、新幹線で来るにしろ、車で来るにしろ、莫大なCO2排出を伴う。緊急な要件、例えば親が危篤とか、自分が死ぬためだとか、以外の人間は泊めてはならないという方針が、環境問題を憂慮するホテルとしての筋が通っている。

 

また、ホテルの偽善ぶりがさらに強調されるのは、強引につけた環境保全理屈で儲けた500円の洗濯代を、自分で取ってしまうことにある。シーツを洗わないことで、不便をかけるのは客なのだから、従来は洗っていたのだから、浮いた500円は客に還元すべきである。それを自分で持って行ってしまうというのは、アコギな話である。Wホテルなどでは、誇らしげに、年間50万本歯ブラシを削減した、20万本カミソリを減らした、などとその成果を掲示していたのだが、客の負担によってもたらせた推定1億円あまり。さすがに近年になって、歯ブラシ・カミソリを客が辞退すると100円分ポイントで支給することになったが、5泊分たまらないとポイントは行使できない。5泊以上宿泊する客、かつポイントカードを持ち歩く客がどれほどいるのか? 推定仕入れ価格200円を個別に値引いた方が潔い。

自動車やら家電にあるように、客に対して従来と同程度のサービスが前提で、省資源・省エネルギーを開発したと言うなら話はわかるけれど、ただサービスを低下させて、値段は変わらず、浮いた金は自分が取る、この粗雑な理屈、筋の通らぬ話は恐れ入る。これがまかり通るのなら、新車に中古タイヤを履かせて省資源と称して従来の価格で売ればいいし、牛丼屋も省資源、環境のため牛肉もコメも半分にすることもまかり通る理屈だ。私が、社員の給与を半減して、「金を使えば、必ず、資源を浪費するか、環境を悪くするから」と言って、環境・資源を守るため、私はいいことをしていますと、言うようなものだ。

私は、以上の例を他山の石とし、緻密に論理を構成している。

社員の待遇とか、パートナーへの親切な応対とか、妻への感謝とか、私の見かけ上の善人ぶりはいささかの破綻もなく、一点の疑いも持たれずに、多くの感謝をいただいている。