2018.9.12

帰去来

有川雄二郎

私は、現在、老化進行中である。まっ盛りといって良い。「俺も年だよ、涙もろくなって、水戸黄門なんて見てると泣いちゃうんだ」、危機感もなく、のんきに言っていた時代はとうに過ぎ、今は余裕がない。手足の関節が次々に痛くなっていく。まず、膝に水がたまり、一時しのぎのコラーゲン注射をしたりして、何やかやしているうちに、今度は肘が痛くなってきたかと思うと、翌日は肩が痛む、脚の筋が痛む、それが収まったかと思うと指の関節がうずき始める。筋肉・関節ばかりでなく、肝臓や腎臓などの内臓系、目・耳・舌などの感覚器も、故障や機能低下が続く。今は、身体が少しづつ壊れていく実感がある。少しづつ壊れていき、やがて一切空となることは、神の定めなんだなあ、ということが素直に受け入れられるようになる。

念のために言って追うけれど、こういうことを年よりの愚痴で言っているわけではない。「老化」ということはどういうことか、その場に当たって取り乱すことがないように、年少の読者に親切に教導しているのである。

さて、老いると身体だけではない、脳も弱ってくる。物忘れはひどい。特に短期記憶。タクシーの運転手に行き先を言ったかどうか分からなくなる。台所に来たのだけど、何しに来たのか分からない。洗面所に来た、これも何しに来たか分からなくなって、茫然と立ち尽くす。1分前にちゃぶ台から立ち上がった時は、何か洗面所に来る用事思い立ち、確固たる意思を持って歩き始めたのに。それが目的地についてみると、きれいに分からなくなっている。この目的忘却現象は、用を思い立ち、玄関で靴を履いた時にも起こる。スーパーの店内に入った時も起こる。他人を訪問するときも起こる(不思議なことに、トイレだけは、ついた時に来た目的を忘れることはない。あと、自分の会社についた時も何で来たか忘れない、社長だから)。

川柳にある、「うまかった 何を食ったか忘れたが」の境地も、もう近い。

身体と脳機能だけではない。心も変化する。心も劣化する。

万事につけ面倒になる。特に人間関係。人と交渉するとか、会議をするとか、喫茶店で長い話に付き合うとか、だらだらしゃべくりながらと酒を飲むとか、そんなことは、かなり前から苦手になっていた。最近では、話すことというより、人間自体、人の存在がうるさくなってきた。

この夏、京都に行ったら、ちょうど祇園祭の日だった。荷物を持ってくれたボーイが、「お客様は祇園祭を見にいらしたのですか?」と尋ねてきた。「滅相もない、私はそんなところに行くのは嫌いです」と答えた。ボーイが「人込みはお嫌いなのですね?」と言うから、「人込みが嫌いなのではない。人が嫌いなのです」と言ったらボーイは変な顔をしていた。彼は若いからわからないのだろうが、老人になるとは、こういうことなのだ。こういうこととは、どういうことだ? 性格が悪くなることだ。

アリストテレスは『弁論術』のなかで、老人の特徴を以下のように述べている。

「①老人はひがみ根性である。すべて悪いように解釈して、何事にも信用ができず、猜疑心が強い。これは彼らの体験からきている。

②卑屈で、心が狭い。彼らは大きなことは何一つ求めようとせず、生活に必要なものだけを欲望の対象にするからである。
③ケチである。これまでの経験から、金を手に入れるのはいかに大変で、失うのは如何に簡単かを知っているから。

④恥知らずである。自分が立派であることには、利得を得る様には気にしてないため、他人にどう思われるかは、全く気にかけていないからである。

⑤臆病である。何事につけて先々に不安を抱く。青年が熱いのに対して、老人は冷え切っており、臆病への道を用意している。

⑥饒舌である。彼らは過去にあったことをいつまでも語り続けるのであるが、それは思い出すことに悦びを見出しているからである。

⑦意見をはっきりと言わない。そもそも何一つはっきりと知っているものがないし、また長い年月を生きてきて、多く騙されてきて、大体はよからぬ結末に終わることが多いので、警戒して、はっきりしたことは言わないのだ。

⓼憤りにしても、欲望にしても、力がない。欲望のあるものは消滅してしまい、あるいは弱々しくなっているから。老人の行動の動機としての欲望はすっかり緩み切っており、ただ利得のとりこになっているからである」

私は老人であるが、いちいち思い当たることばかりだ。返す言葉もない。老人の性格に良いところはないのである。アリストレスは、老人の美点は何一つないと断言している。

ただアリストテレスに質問があるとすれば、質問1.老人への悪口は、あまり「弁論術」に関係がないのではないか?(アリストテレスは、「弁論は聞き手の性格に合わせて語られなければならない、人は自分を写し取っている弁論を快く受け入れるから、青年・壮年とともに、老人の本質も知っておくべきだ)」と述べているが、そもそも老人は他人が何を論じても聞こうとしない、性格に合わせてしゃべっても無駄なのだ)、質問2.アリストテレスは、この記述を何歳の時に書いたのか?(若い時に書いたのであれば自分が経験してないことを断言しているのであり、年寄りになってから書いたのであれば、自分がそういう人間だと認めているのか、それとも自分は例外だ、と感じているのか、そのどちらだ?)の二つである。弱々しい質問ではあるが、一応、聞いておきたい。(誰が答えるのか?)

そういうわけで、老化とは身体と脳ばかりでなく、心も悪くなっていくことだ。

それでは、そのような身体、脳機能、性格(心)の老化すなわち劣化はいつから始まるのだろうか。

身体の場合は、ある朝、目が覚めてみると腕が上がらなくなっている、または急に動悸が激しくなってきた、などの症状もあり、今までできたことができなくなる日が、ほぼ、特定できる。

脳機能の衰えも、最近物覚えが悪くなってきた、という自覚があって大体いつ頃始まってきたかはわかる。この身体と脳の老化の開始時期は、わかりやすい。

しかし、心の老化、性格の悪化がいつに始まるのか、これは全く分からない。

ある日、目が覚めたら、性格が悪くなっていた、ということはない。また、最近、どうも性格が悪くなってきたようだ、という自覚もない。長年連れ添ってきた部下は「50代からじゃないですか、性格が悪くなってきたのは」と証言し、家人は「結婚した時から、確かに悪の萌芽があった」と、心の劣化の時期を断言する。が、両者とも、とにかく私のことを悪く言いたくて仕方がない人間なので、彼らの言うことに根拠はないのだ。

 

アリストテレスは老年がいつから始まるか、について触れていないが、代わりにローマのモラリスト、セネカが語っている。

「稚拙な人間の精神は、不意に老年に襲われる。何の準備も、装備もないままに、老年に至るのである。彼らは思いもよらず、ある日突然に、老人となる。日ごと老年が近づきつつあるのに、気が付かなかったのだ」(「生の短さについて」)

老化は気が付かないうちに始まるのだ、とくに稚拙な人間にとっては。私は71歳だが、稚拙だから、一切、気が付かなかった。大体、私はそんな年になるつもりも意思はなかった。勝手になってしまったのだ。誰かのせいかもわからないが、私のせいでないことだけは確かである。老化とは不思議な現象でもある。

たとえ古人にしろ、言われっぱなしは悔しいので、いつの間にか忍び寄った老化はいったい、いつから始まったのか、自分の来し方をたどってみる。

思い起こしてみると、身体と脳はわかりやすい。身体は68歳から(白内障の手術をした年)、脳機能は64歳(カードを失くして1週間大騒ぎをしたが、なんとカード入れに確かに存在していた事件のあった年)からが、老人域に突入した年と断定して、まあ、間違いはない。

しかし、老化に伴う性格の悪化の開始点、これは難しい。

沈思黙考、演繹と帰納をないまぜて、客観的に振り返ってみるに、私の性格的な老化の開始の時期は、昭和28年4月6日、その日と特定するに至った。この日、実は私は世田谷区立深沢小学校に入学したのだ。

それまで私は幼稚園に通わなかったので、小学校に入り始めて、53人の級友と1人の担任の教師と共に、好まざるにもかかわらず、1日の大部分を狭い空間の中で過ごすことを強要されたのだ。その日から、私の心の老化、すなわち性格の劣化が始まったのである。

小学校に入るまで、私は、母親との接触を除くと全く孤独に日々を過ごしていた。兄と姉は年が離れていたので、一緒に遊ぶことはなかった。

毎朝起きると、家の周りに出て、犬とか猫を追いかけたり、また原っぱに出かけて、イナゴ、カマキリとかトンボなどの虫を捕まえ、またその羽をちぎったりしたり、穴掘りや土手づくりなどの土遊び、花むしり、石投げ(池や隣の家の壁など)など、大半は一人遊びだった。まれに近所の子と遊んだが、これも仲がいいわけではない。たいていは年の上であり、いじめられる可能性もあって、その可能性がありそうなときは(それとなく感じられる)、走って避ける。年下だったり女の子の時は、安心して遊ぶが、逆に意地悪をしたりする。

つまり、小学校入学以前の私は、自分だけの思考で決めれば良かった。他の人間の感情とか意志とかは、一切考慮に入れないでよかった。ゲーム、ファイナルファンタジーの主人公のように、毎日森に出かけて、いろいろな怪獣や魔人と出会い進んでいく、孤独な戦いである、そのような毎日だった。一切を自分一人で決めて、一人で行動する、。母親でさえ仲間ではなく、魔人の一人であった。私がうそを言ったとか、障子を破ったとか、おしっこを漏らしたとかつまらぬことに腹を立て、私を布団蒸し(座っている私に掛け布団をかけて、その上に母が座る。真っ暗ななか、窒息の恐怖感を味わらされた)。母親にどう対応するかは、全く私一人で解決しなければならなかった(逃げるか謝るしかないが)。

母も含めて、人との接触は散発的で、希薄なものであった。だから、他人の思惑を全く気にせず、喜びも、恐れも、安堵も、絶望も自分一人のものであった。今から思うと、清冽な心のうちであった。

それが小学校に入ると、急に級友と担任との間に、常時顔を突き合わせて暮らすことになった。そこから「人間関係」というものが生じてきた。これがいけないのである。

中傷、遺恨、虚言、詐欺、嫉妬、偽計、いじめ、暴力、反抗、徒党、脅迫、追従、迎合、密告、皮肉、嫌み、憎悪、傲慢、高慢、卑下、冷酷、吝嗇、窃盗、意地悪などきりがないが、およそ、悪徳と言われるものは、すべて、人と人が交わるところから始まるのだ。私が、この悪徳に染まり始めたのが、小学校に入学してからなのである。

およそ人間が地球上に一人しかいなければ、「責任」という観念は存在しない。

「罪」という言葉も存在しえないだろう。先に挙げた悪徳、中傷も脅迫も傲慢も意地悪も一人ではやりようがないので、存在しない。一人でいると、性格が悪くなりようがないのだ。

地球上に一人しかいないというのはあり得ないが、自分以外はかかわりを持たない通行人や店の売り子など、交わりがほとんどない人達しかいない場合も、ほぼ、悪徳はあり得ない。

まあ、人は言う、「人間は他人と一緒に暮らさないといけないのだ。会社を見よ、人と交わりがなくては、共同で作業をしなければ、仕事など成立しないだろう。人間は社会的動物なのだ。」と。その通りである。人と、交わらなければ生きていけない。しかし、交わることののトレードオフとして、人は悪徳を身に着け、性格が悪くなっていくのだ。

小学校1年生から現在に至るまで、1万回は言われてきた「相手の気持ちを考えなさい」。この道徳的な教えこそが、実は中傷や偽計や仲間外れ…すべての悪徳を生むのだ。相手の心を考えてみる、すると実に生意気な奴だ、または愚かな奴だ、と気づく。そこで、悪口を言いふらしたり、偽計に陥れるのだ。相手が通りがかりのの通行人なら、その気持ちなど考えないから、平和になにごともなく、通り過ぎていく。すべての悪は、相手の気持ちを考えるところから始まる。

世間では、よく、セクハラとかパワハラとかということが言われる。私もしょっちゅう言われているが、ハラスメントの定義は、「ハラス行為を行われた被害者がそのように感ずれば、それはハラスメント」ということだそうだが、それでは私は、ハラスの加害者でもあるが被害者でもある。それにしてもテレビでもネットでも、アメフト部とか、レスリング部とか、ボクシング協会とか、体操とか、いろんなところで、パワハラ・セクハラの加害者が指弾されている。まあ、悪いことはしたのかもしれないが、加害者が名誉を失い、権力を失い、地位を失い、それでもなお追及を辞めない。執拗に、ずいぶん前の出来事まで掘り返し非難し、家庭や女性関係、年収、過去の経歴まで暴き出す。そんな正義面をしてしつこくいじめて居るテレビやネットの方がよほどハラスメントの加害者ではないか。指弾されている人たちだって、良い点もあるはずである、功績だってあるはずである。しかしそんなことは一切、取り上げない。悪い点しか言わない。みんなで寄ってたかって、なぶりものにする。イエス・キリストは、売春婦を石打で殺そうとしている群衆を制止し、「汝らのうち、罪なき者、まず石もて撃て」と申された。テレビの賢しらのコメンテーターたち、どう見てもこずるそうな、厚かましい顔をしている。罪があるのに、よく他人のことを追求できるものだ。

しかしこれは、より高い観点に立てば、人間と人間は互いにハラスメントをしている、という事実にぶつかる。良いも悪いもない、人間の関係には、そういう側面があるのだ。人間以外でも、社会生活を営む動物には、人間以外でもハラスはあるようだ。ニホンザル、チンパンジー、犬等はそのようだ。単独行動の動物、トラ、パンダ、大アリクイなどにはパワハラもセクハラもない。単独行動の動物では、人間のように、他人の顔色を伺う必要がない。「KY」、空気読めないからと言って、いじめられる心配がない。トラも大アリクイも、空気を読もうとなんかしない。バラエティー番組の芸人のように、他人の顔色をうかがいながらしゃべるようなことはしない。

話が長くなったけれど、つまり、ハラスメントをしたりされたりするのが人間の社会。年を取って、ハラスメントを重ねていくと、どうしても性格が悪くなっていく。老人になるまでには、これ以上は無理、というくらいに性格は悪くなる。

私の場合も同様だ。小学校入学以来、人と濃く交わり、人間関係の泥水の中にずっぽりと浸り、それまでの清冽な心映えを失った。「人間関係」が私の中に入り込んでくると、生まれた時に持っていた純粋な心の動きが変形していく。年と共にいろいろな人と交わるたびに根性が悪くなり、悪さに磨きがかかってきて、70歳を過ぎるころには陰惨とでもいうのだろうか、非常に悪い性格となってしまった。

必然の行きがかりとはいえ、この性格の劣化は、皆さんの前だが自分も持て余している。そこで、私は会社を辞めたら、人との付き合いをきわめて少なくし、口を利くのはクリーニング屋と医者だけにし、他人とは交わらないでいたい。そして、6歳以前の、世界というものには自分しかいない、あの厳しくも清冽な境涯に戻るのだ。世の定年本など読むと、自治会でも、趣味の同好会でも、旧友でも何でもいいから、人と交わりなさいと書いてある。そんなのはだめだ、そんなことしたら、年より同士、極悪が集まり、地獄の沙汰となる。

私は地獄から逃れ、体が動く限りは一人でほっつき歩いて一人で驚いたり喜んだりする、天使のような境遇に生きたい。。他人の思惑にかまわず、驚き、あきれ、不安を感じ、怖がり、笑い、あちこちを徘徊したい。もちろん、私の心は70有余年の人間関係のせいで、ヘビースモーカーの肺のように、真っ黒なシミがあちこちの染みついているだろう。5歳の時のようにはならない、ことは百も承知だ。しかし「目の澄んだひねくれもの」位の域にはなりたいものだ。

身体が動かなくなったら頭のなかでいろいろな「冒険」を考えてみて過ごすつもりである。芭蕉の辞世の句、「旅に病んで、夢は枯れ野を駆け巡る」とは、きっとその境地なのだろう。徘徊老人から徘徊聖人へと、さらに昇華したところで、この世を手じまいしたいものである。