2012.8.16

今日の世界観的状況

有川雄二郎

 

 いい人だなと思うと、「他に決まりましたから」とか「お会いしたら貴社に行く気がなくなりました」とかの理由で辞退され、また、「SAPとかに面接に行ったらマンションだったぜ」「俺だったらその時点でNGだな」などとチャットでばらされ、しかしいい人材を探し当て、SAPを何とかしなくてはと思いはもだしがたく、依然面接をながながと続けており、次第に最初の緊張感も薄れ、面接も倦怠期、衰退期、朦朧期に入る折柄、「なぜ前の会社を辞めたのですか?」という私の問いに、「社長がすごく怒りっぽい人で、ひどい性格ですので、いやでいやでたまらなかった」の女性応募者の答え。他人ごとではない、というより私へのあてつけではないかと興奮し、私「いや、その社長にも怒る理由があるのでしょう。いや、絶対にあるはず」、女「その時との時で言うことも変わるのです、わがままだから」、私「だって、時と場合によって、判断は変わるでしょ。そんなことで批判したら社長はかわいそう」、女「みんな辞めていきます」、私「それは、社員が悪い、絶対に。これだけ言っても分からないの?」と、なにか、面接というより「対決」という様相となり、その瞬間、我に返って見回してみると、面接室の外には社員の不満が、中には面接者の不満が渦巻いており、その幾多の、濃淡の不満の渦の中に、私が存在する、という洗濯機的な宇宙が現在の私を取り巻く状況であるという世界観に悟達した。周囲からの不満という洗濯機の中に住むこと久しく、嫌われることには慣れており、社員から「お時間いただけますか?」と小部屋に呼ばれ、馬鹿なりに深刻そうな顔で「社長には、もう耐えられないのです」と打ち明けられても、「やっぱなー」以外に、特に感慨も感想もわいてこないが、ごく稀に誉められることもあり、「ごく稀に」という点が、皆様の前だが不思議で、不思議で、何でこんなに世のため人のために真剣に頑張っているのに誉められないのだろうか、つらつら思うに人間には『体質』ということがあり、私は人から誉められない体質なのだろうと思い、私にしても「あいつだけは絶対に誉めたくない」「無駄だよ、何やっても、誉めてあげないからね」というような奴が確かに世の中にはいて、誉められやすい体質、誉められにくい体質が人間にはあるのだろう。私が誉められないのも体質のせいだから、これは仕方がないにしても、そういう体質だけに稀に誉められると、アレルギー症状を呈するのが難儀である。先日、旧知の人から携帯メールをもらい、「アスファルトを歩いています。汗が止まりません。いま、あなたがすごいことが分かりました」と、要領を得ない、しかし、誉めてもらっているとみて間違いはなさそうであって、何度も読み返し、むやみに嬉しく、有難く、涙が滲み、どう対応していいか分からず、「士は己を知る者ために死す」と繰り返し、結局、宮島狂言にあご足つきでご招待したら、社員から不審がられ、説明をしたら、それはやりすぎ、ふつうは「ありがとう、君も頑張って(笑い)」などと返信すれば、それでいいのだとのこと。やはり、私は不満の渦にいたほうが正常心が保たれるのだということが、思い知った。