2009.12.22

一陽来復

有川雄二郎

 

2010年、年が改まりました。おめでとうございます。
年は改まっても自分は改まらなく、昨年と変わらず、十年前とも変わらず、いや生まれて以来何も改まらぬ己に恥じ入る次第です。暮れに来て、社員がバタバタと三人やめて、中に二人は明らかに私に反感、というよりも私を嫌悪して辞め、そういうことは今夏にもあり、私の声を聞くのもイヤだと、常々言っていたという女子社員が一本の短いメールを残して忽然と姿を消しました。私は、他の社員の手前もあるので、「不思議だね、どうしたのかな。失恋でもしちゃったのかな」とまったく退職の理由がわからない振りをしていましたが、実は私の存在が原因でやめたので、これはすぐに分かっていたのです。この不景気に働き口のあてもなく、それでも私が嫌いで辞め、論語の「苛政は虎よりも猛し」とはこのことかと感に堪えました。ひどい君主から逃れて、虎が出て家族が食われてしまうようなところに住んでも我慢する、という意味です。つまり、ひどい君主が私にあたり、失業の苦労は虎に当たるのですね。
故事成句などに詳しい割には、私は生まれて以来、人に好かれる事がきわめて僅かに過ごしてまいりました。このままで死んでいくのも如何なものかと思い、年も改まり、残りの人生は一転して、好かれて好かれて好かれまくって過ごそうと、一念発起をしました。
悲しいかな、今尚、人に好かれる、という感触が思い出せず、というよりも、今だ経験をしたことがないから、好かれた場合のわが心の状態や、どのようにその心を始末をつけたらいいのかも分からない。
もとより、どうしたら好かれるのか術を知らず、ひたすら柔顔和語、ニタニタと腑抜けのような顔つきで人にさからわず、馬鹿な意見でも「いいですねー」「それはすばらしい」とつぶやき、特に女性に対して気をつけ、酒の場と言え卑猥な野次を飛ばさず、年少の部下にも長々と説教・自慢話・からみ話はしたくなっても我慢し、また加齢臭は嫌われる元と聞き、泥炭石鹸でこすりあげ、好きなキムチ・餃子もたちました。今のところ、目立った効果もなく、特に誰に好かれたという気配はないのです。むしろ、今までどおり嫌われていることに加えて、腑抜けな点が小馬鹿にされているような気もしないではないのです。しかし千里の道も一歩から、年末までには、好かれのめどをつけたいと考えてます。