2012.7.28

ブログ日和

有川雄二郎

 

久々にブログを書こうと思った。

 

だいたいブログというものは、不幸せな時に書くのである。幸せな時は書かない。充実感に満ちた現実があるから、くどくどと言葉をひねりまわすことはしないのである。
人に嫌われ、交わりを絶たれ、孤独感をひしと味わい、いじけているとき。あれこれのこまごまとした不安が急に一つにまとまってきてわが身を襲い、タールのような不安の塊に飲みこまれてしまってしまったとき。上位の人から、私のふがいのない小心さ、救いのない邪悪さ、目も当てられぬ道徳心の欠如などをづけづけと指摘をされたとき。満たされぬ我欲に悶々とし、何につけ気が立ち、つまらぬことで隣人とけんかになるとき。こんな時こそがブログ日和なのである。ぶつぶつ言いたくなるのである。ブログは不幸のバロメーターなのである。
現在、不幸である私は、概して言うと世の中のすべて現象・事物が気に入らないのだ。就中、若い人間が気に入らない。では、年を取った人間を好きかというと、もちろんそういうことはなく、女性にしろ男性にしろ、その鈍重ぶり、頑迷ぶりがいやであまり親しくしないことにしているのだけど、若いのはもっといやだ。バラエティ番組のように芯までふやけきった人生観、ただただ仲間外れになりたくないという果てしない臆病心、自分が素晴らしい人間とまともに信じている破廉恥さ、社会事象への関心や基礎的な素養の驚異的な欠如、ほかにもあるが、そんなことで、若いものとは一切交際をしないことにしている。とはいえ、男にしろ、女にしろ、かつて若者から交際を申し込まれたことはないが。
 けれども嫌いな若い者とのコンタクトをしなければならない時がある。入社の面接である。これがいやでいやでたまらない。なるべく、うちの幹部社員に任しているのだが、怖いもの見たさというのだろうか、つい面接をしてしまうことがあり、後悔をすることになるのだ。
 その次にいやなものは、自分の顔である。人に言えない悪事や邪念の履歴が、顔に表れている。その上、なんだか、最近、ゆがんできているような気がする。だから、自分の写真をもらっても見たふりをして、そのまましまってしまう。ひげを剃るときなど、どうしても鏡を使うのだが、訓練をして、あごや口周辺の上皮のみに視線を集中して、顔自体は視界に入れないでひげ剃りができるようにした。これも、気が緩んでいると、つい、顔のほうも見てしまう時がある。そんなことがあると、自責の念にとらわれ、午前中ずっと、鬱として楽しまない。
 また、朝が嫌だ。特に目が覚めた後、今日もこれから苦痛と迫害に満ちた労働が始まるのかと思うと、ベッドの上で、数分間、硬直をしたままじっと天井を見つめているしかない。天井の模様が、なにか、不吉な1日がはじまる徴しのように見える。夜は、そのままなら、まあ、いいのだが、これもやがて朝に続くものであり、なんだ朝の手先かと思うと嫌になる。
 それと床屋も嫌だ。そもそも、顔を見てしまう危険に満ちているうえに、1時間以上も体を拘束されるところが、いやでいやで仕方がない。同様に私の身体の拘束をする、歯医者、洋服の寸法取り、座禅の修行、異性の強要による抱擁または同衾(ずっとないけれど)、レントゲンと集合写真の撮影、着せられたことはないが拘束服、狭いエレベーター、朝礼の「気を付け」、これらはみな拘束する。嫌だ。
  地下鉄大手町駅や赤坂見附駅なども嫌だ。似たような情景が続き、案内板も突然目的地が消え、出口を探してまごまごしているうちに、だいたい自分が改札内にいるのか改札を出たところにいるのか、わからなくなってしまう。
  ゴミ出しもいやだ。前日夜はダメ、当日の朝8時前に出せということで、そんな決まりは無視し、夜出すのだが、たまに密告をされ管理人に注意をされる。それから、分類がわからない。資源ごみは水曜日、燃えるごみは火曜と金曜、プラスティック類は月曜、金属は隔週木曜などとなっており、そもそもペットボトルは何に分類されるのか、金属以外のすべてに当てはまるではないか、ハンガーは金属とプラステックの部分からなるがどちらを重視すべきなのか、資源ごみとは何なかの定義をしてみろ、と悩まされるのだ。
 ツイッター、フェイスブックの類も虫酸が走る。これら、要は「お友達」である。いい年をした男が、「お友達」という擬制に浸りきって安心を求め、情けないことである。信長に「お友達」がいたか、スサノオノミコトに「お友達」がいたか、考えてみればわかることである。ブログはいい、こうした独白だから、実にすがすがしい。
 くまも嫌いだ。ぷーさんとか言って、かわいらしい動物のように思われているが、動物園で、タイヤや材木を相手に戯れているくまを長時間にわたって見たけれど、実に凶暴な動物なのである。体も巨大で、しかもトラやライオンと違って日本に住んでいる、というところが脅威だ。テレビの動物番組を見ただけでも怖くなる。
 いやなものはまだまだある。鶏肉、銀行、プラナリア、魚の踊り食い、体育の先生、ブラックホール、電動のこぎり、虫歯、すべての精算、家族愛、やもり(こないだ、つかんで捨てなくてはならなかった)、検尿、ベテラン女優、切符(よくなくす)、英語ヒアリング、飛行機の搭乗チェック、他人の話、生意気なる社員、生意気なる子供、生意気なる老婆、レバ刺し、株や投資のセールスの対応(断るのだがしつこい)、請求書一般、未来一般、過去一般。

 

毎日、朝を迎え、大手町を通り出社し、若者と話し、請求書と格闘し、好きでもない焼き鳥を食べて飲み、ゴミを出し、プラナリアの夢を見ておびえる1日である。私は不幸だ。