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2008年02月08日
SAPの仕事(その2)
有川雄二郎
前回に引き続き、今回はSAPの下請けイベントの仕事の概要のお話を申し上げます。
下請けというからには、そもそも施主(主催者・スポンサー)がいるわけでして、それは自治体や官庁(万博、地方博や公共キャンペーンイベント)だったり、企業(新商品プロモート、周年行事、インセンティブ・パーティーなど)だったりします。下請けですから、彼らが企画した仕事を、いわれたとおりにハイハイとやっていれば良いのです、儲かったり損したりは当方の知ったことではないのです。だから、一見、気楽なようですが、それがそうは行かないのです。私たちの上に、プロデューサーさまや代理店様がいらっしゃって、鬼のような顔をして、やれ、ああしろ、こうしろと、私たちを小突き回すからです。私たちは、プロデューサーさまや代理店さんの「しもべ」となって、顔色を見ながらヘコヘコとして仕事をしなければならないのです。
それでは、プロデューサーや代理店とはどういう存在でしょうか。
まず、プロデューサーですが、これは建築で言えば設計を担当する建築家の役割をいたします。自治体や企業、広告代理店など主催者から依頼され、イベントの全体の方向をしめし、大所高所から構想についてまとめます。プロデューサーで大事な役割は、ああだこうだ言う関係者に、「さすが」と思わせる卓見を示してを唸らせることです。卓見を示さなければ、プロデューサーとは言えないでしょう。
思い出しましたが、小生も名刺の肩書きも「プロデューサー」です。これは深い意味もありません。ま、これがいいか、ということで、つけております。しかし、率直に申し上げて、私には、プロデューサーに要求される「卓見」はありません。昔から、一切ないのです。だから私が「プロデューサー」と称することは偽装であり、詐称と言えます。こういうことは食品業界なら大変なことで業界から追放もされるのでしょうが、イベント業界はいい加減なところで、お上からも見放されており、何の業法もなく、規制も行政指導もありません。だから、言い得ということもあって、イベント業界は偽装「プロデューサー」がいっぱい居ます。困ったことです。
偽でなく、本当のプロデューサーにはいろいろクラスがあります。万博プロデューサーのような、国を相手にする地位も名誉もある方もおりますが、県や市町村など自治体を得意とする人もあり、大手代理店にべったりの人もあります(この場合は、プランナーとか呼ばれる場合が多い。代理店にもプロデューサーがいて、下請けのくせにプロデューサーとは生意気な、と叱られるからです)。繰り返しますが、プロデューサーは、何に付け卓見を述べなくてはなりません。というよりも、卓見だけが仕事といえます。
ただ誤解がないように申しますが、卓見が役に立つ、ということもないのです。大体のプロデューサーの話というのは、およそ誰の役にも立たない世のトレンドがどうのこうのとか、マーケットの将来とかいうやつで、プロデューサーに言わせると、役に立たないことだからこそ、際限も無く長くしゃべることができるのだ、ということです。また、他人の説の聞きかじりを自分が言い始めたように言いはじめたように言う剽窃や、「あそこの企業もね、私が見てあげてずいぶんと良くなった」と、本当はどこかのバーで営業部長と名刺を交換し、自分の売り込みを5分くらい話しただけの関係なのだけど、丸きりの作り話ををすることにいといません。
プロデューサーはあらかじめ関係者の意見を調整しますが、弱い関係者の意見は無視し、強いものの意見をよく聞いて、特にスポンサーと代理店の意見を聞いて、これを自分の意見として発表します。事前の調整がうまくいかなくて、会議の席で、スポンサーから反対される時もまれにはあります。そんなときでも、大プロデューサーは決して怒らず、反抗もせず、「それでいいのです、僕は他の観点から分析しましたが、実は同じことを言っているのです」と無理やり同一意見にしてしまいます。
企画には感性が大事です、いかに主催者の話とは言え、自分の感性はまげません、と感性を売り物にするプロデューサーもよくおります。ただ、感性といってもあまり個性的なことを言うと仕事にありつけない、ということもあり、プロデューサーは、平凡な常識人が多いのです。だから感性といっても、イベントのキャンペーン嬢の品定めぐらいで、「あの子はいいものもってるよ」と憎からず思う子の名をあげ、白昼けしからぬことを考え、他のスタッフが手を出さないように何につけ名前を連呼して牽制したりするくらいです。また、談合に使う料亭や、根回しに使う居酒屋で、お銚子を前に、さっさと飲めばいいものを、「俺は酒にはうるさいんだから」と称して、長々と酒の薀蓄を傾け、それも半分はでまかせ、こだわりの感性のといってもそのぐらいなのです。
それから、プロデューサーはヒマを見つけてはの「談合」と「根回し」をよくします。代理店やスポンサー、下請けなんかと利害の調整をするのもプロデューサーの大事な仕事です。もちろん、利害を調整するときには、自分の分もさりげなく残しておくのです。が、うまくいかないときもあります。そんなときは、あとから「俺はあのイベントで大損をしたよ。いいように使われちゃってさ、どうもお人よしなんだなー、俺はさ」などと君子風に装います。君子にしては、愚痴がなかなか終わらないのですが。ここで問題です。「根回し」と「談合」、その違いはどこにあるのでしょうか。答え、「談合」は料亭で、「根回し」は居酒屋で行います。いずれにしろ、SAPは呼ばれないのです。
卓見をしめした上に談合・根回しで、プロデューサーはすっかり疲れ果ててしまいます。
イベント業界、その次には、代理店といわれる大物が関与してきます。プロデューサーが示したその卓見にしたがって、イベント全体の実施の仕切りをするところです。ま、ゼネコンのようなところです。イベントの予算、すなわちお金を握ってますから、代理店に反抗するといいことはありません。私は、それがつくづく分かりましたから、いつも代理店様には笑顔で大きな声で、挨拶をしています。
代理店さまのの仕事は2つあります。一つめは、クレーム処理です。クレームとはもちろん スポンサー様からのもので、スポンサー様は、たとえ前に了解をとってあったことでも、「好きなときに」「何についても」「どんな役職でも」、スポンサーならクレームを言う権利を持っているのです。担当者でない人も文句を言っていいのです。スポンサーなら、受付の女の子でも、文句がいえるのです。それにクレーム内容も多彩です。たとえば「あの出演者は気に入らないと社長が言っていた」、「社長は満足してたけど社長夫人が悪く言っていた」、「予想より客が少ない」、「予想より客が多すぎる」、「文句を言う客がいた」、「文句すら言わない客がいた」、「メディアが取り上げない」、「取り上げてもわが社の紹介が少ない」、「コンパニオンとの合コン、どうなってる?」「こないだの合コンの時、受付の子、君の会社の若造とばかり話してたぞ、ちゃんと俺を紹介してよね」など、など、つまりクレームというよりは、言いがかりで、いずれにせよ、愚にもつかないものなのです。
そんなクレームはほったらかしにすればいいのですが、代理店は責任感は旺盛ですから、あくまで原因を究明してやみません。原因を究明をして、代理店はスポンサーに申し開きをするのです。
代理店の、申し開きの骨子は、「私は知らなかった」ということにつきます。自分が知らないこと、これは仕方ありません、つまり無罪ですよね。そこで代理店の言い訳の主文は、常に「私は知らなかった」という無罪確定からはじめます。それで終わってもいいのですが、良心的な代理店は、、トラブルの原因を懸命に究明しなければなりません。そして究明された新の原因を、客観的に、冷静にスポンサーに説明します。「客観的に」、というところと、「冷静に」という点が大事です。自分が悪くないのだから、当然、落ち着いてられるのです。慌てちゃいけません。慌てると疑われます。
冷静に分析してみると、不思議なことにどんなトラブルでも、要因は次の3つにつきます。
A「下請けのSAPが悪い」、「派遣の女の子が馬鹿で」と弱い者に責任がある。
B「メールを見てない」、「最近パソコンの調子が悪い」、「携帯を風呂に落としちゃったので、電話聞いてなかった」と物言わぬ機械が悪い。
C「結局サブプライムに行き着くんですね、原因は」、「温暖化の影響がこんなところにも出てきました、びっくりしました」とか、「福田が悪い、この内閣支持率じゃね、なさけないでしょ」、「遠因は、朝青龍にありまして」、と不可抗力、または滅茶苦茶なところに原因があった。
もっとも、これは小物の代理店の担当クラスのやることで、可愛いものだとも言えます。部長、局長クラスの大物となると、そんな言い訳などしません。クレームを受けて「ほーっ」と大きく息を吐いて、それだけでおしまいです。周りの人間は、何か解決策が出るのかなーと、見守っていると、「ま、ま」と自分の肩をたたいて過ぎ去り、そのうち解決案が示されるだろうと思って居てもそれきりで何も無いのです。このように深呼吸をだけでスポンサーを誤魔化す域に達すれば、大物で役員まじかといえるでしょう。また、人によっては「そう、困ったねー」とニコニコして、やはりあとは何もないということで済ます人います。ともかく、本気で解決しない、という姿勢が大事です。
代理店のもう一つの仕事は、下請けを値切ることです。とは言え、最初から安い値段を言うと、誰も受け手はいませんから、初めはうまいことを言って、抜き差しならなくてから、「スポンサーが全体予算を減らしてきた」(これはうそ)、「思いのほかに告知費がかさんだ」(これもうそ)、「今度の時に、必ず上乗せするから」(現在のみならず未来のことまで嘘を言い立てる、神を恐れぬ大うそ)、などと言い立て、半額に減らします。もちろん、「他の下請けに出しちゃうよ」などと、脅しもします。
言い訳と値切り、どちらも大変な仕事です。代理店はすっかり疲れてしまい、後は何もしません。
そんなプロデューサーと代理店の顔色を伺い、それで仕事もするのですから、SAPの下請けの仕事も楽ではないのです。
投稿者 sap : 14:28 | コメント (2) | トラックバック
2008年02月04日
SAPの仕事
有川雄二郎
SAPでは、今、社員を募集しております。
半年前に募集して、何人かに入社をしてもらったのですが、今はもう居ません。「いつかない」という現象が、小社には昔からあるようです。なぜいつかないかというと、一つは私の人格、もう一つは安給料、それに長時間労働、どうもここいらが原因ではないかなー、と考えております。このSAP三悪については、私だっていやで、いやで、長いこともてあましているのです。でも、私はこの環境に何十年もなんとか受け入れているのです。そこを考え、新入社員は半年やそこらでめげないで欲しい、と思うのです。君たちがどこに行こうと、どっちみち、世の中にはもっと悪いことが待ち受けているのですから。どうも最近の若い者は、あきらめが悪い、といえるのではないでしょうか。
上記三悪以外に、社員がわが社にいつかない理由に、「期待はずれ」ということがあるようです。素晴らしいアーティストの、ロマンティックなイベントをやっているのだから、きっと、お勤めも、都心のオフィスで、日当たりの良い、観葉植物の並ぶ白っぽいインテリアに囲まれて、窓からは青空の下に新宿高層ビルが小さく並んで見える、そこで流行のファッションのスタッフがアーティスティックな話をしているような情景を、新人は期待しているようです。
どぶ川沿いにあるわが社は、実際は汚いオフィスです。廊下にはトイレ臭が充満しており、事務所を開けると、机の上には乱雑に書類雑誌が積まれ、いろんなシミのついた床には、ゴミ、廃棄物、汚物、排泄物、毒物などが無造作にころがり、「テレビで見た天洋食品の工場のほうが数段、清潔である」と出入りの宅急便配達人は断言し、私たちはそう言われても、薄笑いを浮かべながら、「まさかねー」力なくつぶやくのみなのです。
また、業務も「企画」とか「プレゼンテーション」とか格好のよいことはごく少なく、基本の業務は、涙ながらの言い訳、土下座の謝罪、くどくしつこいお願い、すがりついて離れない値下げの交渉、居留守の応答などとなるわけです。見かけがかっこういいからといって、その仕事が快適だとは限らないのです。沖縄のリゾートホテルに遊びに行くのと、そのホテルの客室係となって働くのとは、まるで違うことなのです。そこで、入社の際、「期待はずれ」だけは無いように(他の三悪は必ずあるけれど)、SAP業務の実態を触れておきたいと存じます。
私ども、イベント屋、企画会社、プロモーター、興行会社など、いろいろな呼ばれ方をされます。出演者様、アーティスト様などにさまざまに、お願い申し上げ、その麗しい舞台にお客様も大変喜ばれて私どもも世渡りがかなうという、冥利に尽きる次第ですが、それを取り仕切る業界のほうはいかがかと申しますと、実に苦しく、また醜いことの多いことでございます。
いったい、イベント屋の仕事には大別して2種あり、いわく「手打ち興行」、いわく「下請けイベント(マネジメント)」でございます。下請けというのは、国とか自治体とか企業とか、主催者が他にいて、私たちはその指揮に従ってイベントの制作をする仕事です。手打ちというのは、SAP自体が主催者になって、すなわちチケット収入だよりのイベントです。
手打ちのほうが、自己責任であって、潔くて男らしく、また誰に文句言われるものではなく、金勘定にもあと腐れなく良いのです。が、なかなか儲からないという欠点もあります。興行が儲からない理由は、満員になったと喜んでも2000人のホールならそれ以上はいらないわけで、CDを売るように、または映画を公開するように、事務所が寝てる間に10万枚も100万枚も売れて、青天井で無限に儲かるということが無いからです。すぐ上限がきてしまう。それでいて、入らないときは本当に入らない。笑っちゃうくらい入らない。そして、笑っちゃうリスクがあるのです。つまりライブ公演は、利益限定、損失無限大、という構造があるのです。
それに準備期間と準備工程に非常に手間がいる。企画段階から言うと1年かけて、野外イベントだとステージ、音響・照明設備、客席から楽屋まで、つまり仮設とは言いながら、一夜のためのホールを設計し造りこみ、設営業者にはなるべく安くと頭を下げ、また出演者様にあまり音響照明などにこらないようにお願い申し上げ、新聞テレビなどに広告をうち、新聞社様にはお安くして、また無料で記事で取り上げて、と頭を下げ、お客様にDMをうち、野外だと消防・警察などに届けを出し(文化財で行うときは文化庁などの許可を得る)、会場の近隣にご迷惑をおかけします、と挨拶回りをして、雨が降らないように身を慎み社寺に頭をたれ、電話注文でチケットを売って、発送し、遅れたりしたお叱りには電話の前で深々とお辞儀をし、当日になればバイトの受付け会場整理員を声をからして指揮をし、入場者様の苦情に対応し処置をし、処置が出来ない問題は深々と謝罪し、そもそもステージで何が行われているかなんて、分からないのです。
あちこちに頭を下げて、つまり社会の皆さまのお慈悲で我々は生きることが出来る、そのことが実感でき、人間が出来てきます。人間が出来ても、お金が出来ない、そこが苦しいところで、SAPの今後の課題なのです。手打ちの話は、このように、説明をするだけでも、いやになってしまうので、この辺りにして、次回は下請けイベントの仕事の進め方のお話を申し上げます。