SAPについて


プロフィール

【社 名】 株式会社エス・エー・ピー
【創 立】 2001年12月10日
【本社所在地】
〒112-0012 東京都文京区大塚5-3-13 ユニゾ小石川アーバンビル8F
TEL 03-6902-9995/FAX 03-6902-9996
チケット専用電話 03-6912-0945(平日10:00~18:00)
※2017年2月に事務所移転致しました。
【資本金】 1000万円
【イベント・プロデューサー】 有川雄二郎
【社員数】 10名

 

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有川雄二郎

茨城県(現)ひたちなか市(旧那珂湊市)出身。深沢小学校・深沢中学校・深沢高校をへて昭和46年東京大学文学部卒。平凡社に入社、月刊「太陽」編集部、営業部勤務。昭和58年財団法人草月会入所。家元・勅使河原宏のアートマネジメントをしつつ、財団理事、事務局長。第一期SAP取締役マネージャー、その後、代表取締役社長。勅使河原宏の没後、平成12年株式会社SAP(第二期)を創立。

 


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SAPの事業について

・事業で目指すもの

感動を生み出す。

 


日本的なものを継承し、発展させる感動。生き生きとして消えることのない感動を、観客と出演者に提供すること。

 


古典芸能・J-POP・伝統工芸、ジャンルを超えて日本の感動を表現するもの、すなわち情感あふれる表現、繊細な技巧、意表を突く演出があふれ出るイベント(コンサート、ステージ、展覧会)を目指す。

 


我々が生きていく、その心の原風景を生み出していく感動。人間の質感、テイスト、クオリアを織りなす感動。


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・SAPのこころざし

事に当たっては、知恵をかき集め、勇気を振り絞り、率直に心を陳べる。人に交わっては、権に媚びず、世に阿らず、俗に堕ちず、卑しい思いは恥と知る。
顧みては、行きがかりこそ己そのものと観じ大切にし、望んでは、ただ一燈をたのんで暗夜をたどる。


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・SAPの手法

1.個別、個性的なものだけが永遠であり、尊ぶべきものである。生命は個に宿る。企業にも、社会にも、世界にも、概念にも、生命は宿らない。また、他と違うから個が存在する。現今風潮の「グローバル」は取らない。もし個を捨てて、世界共通に向かえば、文化も風俗も言葉も失い、つまるところ、金勘定だけとなる。金は必要であるが、目的ではない。*注①

2.風景をいつくしむ。何をするにしろ、風景すなわち環境や空間が決定的に重要である。生命は、思想よりも経済よりも、風景に反応する(紺碧の海原を絶壁から望むとき、日常の僻事は既に蒸発している)。風景は思想によって解釈される存在ではない。風景が思想を生み出すのだ。

3.ライブにこだわる。人の一生を貫く鮮烈な記憶は、すべてライブである。テレビやインターネットでは慄然とする記憶は残らない。クローズアップはなくとも、ライブでは主客が、時と場を共有する。そこで得られた生命律動のダイレクトな共鳴は、深く心に刻まれる。そして、時が経ってもそれは瞬時によみがえるのだ。イベントによって感動の記憶が、一人一人の日本人に日本文化を心底、慈しみ、支えていく気概を育んでいく。*注②

4.緊張と品位に貫かれる。結局、人間が粛然とするのは死と対峙するときであり、我々の生が無限ではない、と思い知るときである。およそ文学も芸術も有限にしか生きられない緊張感が前提で、成り立っている。そして品位とは爽やかな、しかし死の宿命を前提とした緊張感である。出演者も、客も、この風景も一期一会だから、イベントは品位に満ちたものでないといけない。*注③

5.率直さを失わない。世の風潮や権力や虚名に靡かず、感動したものとしないものを峻別する。玄人の目はごまかせても、素人の目はごまかせない、という事がある。我々は業界人ではないし、業界人のまねをしない。永遠に素人であり続ける。素人だから率直になれるし、率直さは、たやすく勇気と情熱に変化していく。

6.行きがかりを大事にする。判断については、マーケティングとか、トレンドとか、データとかを賢しらに論ずるのではなく、自己の行きがかりに従う。行きがかり上、至当と思われる道が正しい。行きがかりというと主体的ではない、と思われがちだが、自己と他の思いがねじりあって行き着き、具現化したのが行きがかりであるから、それは自分そのものなのだ。行きがかりこそ、最も主体的であり、自然な選択なのだ。

7.文化的なことに従事しているのだから、我々も文化的な行動をする。文化的な言動とは、言葉を巧みにし、容を整えることではない。文化的とは潔く、出したり引っ込めたりしないという事であって、やせ我慢をして、「こんなものはいらないよ」とか「いいから持っていきなさい」という事である。
金はあったりなかったりだけど、ハートは常にあるのだ。*注④

8.なるべく大騒ぎをする。ライブ・イベントには大きなフェスティバル的(祝祭性)要素があるのが、映像や印刷やインターネットと大きく異なるところだ。なるべく大騒ぎをする、ひっそりとはやらない。メディアやポスターを用いて告知・パブリシティーをすることは当然として、会議や打ち合わせも執拗に行って内輪からも盛り上がっていくとは、成否にかかわる大事なポイントである。


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*注①  グローバル化ということは、企業の直接的な市場や活動領域が世界全体に広がったので、製品の仕様や販売のためのコミュニケーション方法を国際標準(またはアメリカ標準)に合わせて規格化しようという企業の動向で、つまりより大きな利益を目指した「欲」から生じている事柄だから、それ自体は必然の事柄でどうこう言う事ではない。
文化とグローバル化で言えば、最も早くグローバル化したユダヤ人は、世界各地にシナゴークをつくり、宗教教育を子弟に徹底し、ユダヤ人の独自性を守ってきたのだが、現今の「グローバル化」にはそのような文化継承の意志は感じられない。騒がれているクール・ジャパンも、カリフォルニアン・ロールのように、口当たりよく、日本的なものをどんどん薄めていくかに見える。欲に駆られることは私もあるから悪いことは言えないが、混ぜ物がされたり薄まったりしたものを、元通り濃くすることはできない。グローバルは不可逆な流れであるが、それに伴って、文化も無国籍化してはならない。モルト(原酒)も、日本の文化も守り続けなければならない。

 

*注② イベントは一過性だから、人間にとってあまり意味がない、という議論がある。そもそも一過性と言えば、人生も一過性だから、一過性に意味がないとは言えないのだが、さらに言えば、人間には心があるからそのたった一回きりの出来事が一生をコントロールしていくものだ。それに歴史とは、一回起的なものだ。一回しか起こらなかったことが歴史をつくり、一過性のことが心を変える。マンネリは歴史にならず、心にも影響しない。ライブは一回起的であり、一過性のものだ。だからライブは強い。
  私にもライブの思い出がある。
私が小学校5,6年の頃、近所の駒沢球場に東映フライヤーズの試合を観戦しに行くった。たしか、対南海戦だったと思うけれど、東映が7,8点ぐらいの大量リードをしていて私も気分がよかった試合の、7回か8回ランナーなしの場面で、南海の控え選手の、確か福田とか福井とかいう名前の左バッターが、代打で出てきた。何球かファールした後、鮮やかなホームランを打った。3塁側で見ていた私の、小さな、仁丹粒ほどの、しかしくっきりと白いボールが漆黒の夜空に高く舞い上がっていく様子は今も脳裏に焼き付いている。打ったと同時に普通の外野フライではない特別感が球場全体に漲った。ボールはやがてライトスタンドに落ちていったのだろうがそれは見えなかった。ビジターの有名でない選手のホームランであり、客席から拍手も喚声もなく、また点差から言っても焼け石に水だった。福田(福井?)は淡々と、ベースを回っていった。 
客席が遠いから、もちろん表情などわかりはしなかったが、シーンと静まり返った球場で、ダイヤモンドを回る孤独な姿と、白いホームランボールが消えていく様子は、50年たった今、眼に浮かべることができる。ライブというのは、斯様に意識にいつまでも消えないものだ。心象だけではない、この物寂しいホームランは、何か私の人生に、美意識や、自分と社会との関係みたいなことに、少なからず影響を与えていると思うのだ。あえて言えば、人生とは所詮、焼け石に水。その繰り返しであり、しかしあえぎながら、懸命に生き、評価を求めず、淡々とベースを回る、それが確かに私の人生を支配しているように思えるのだ。

 

*注③  死と対峙するとき、思いの数は絶えないと思うけれど、自分の生を何かに託して残したい、と願うのもまた自然なことだ。山上憶良が死に臨んで「士(をのこ)やも空しかるべき万代(よろづよ)に語り継ぐべき名は立てずして」と詠ったのも、もっともなことである(とは言え、憶良は十分に名を立てたではないかという疑問があるが)。
 一般に生命は遺伝子を残し、本体(がら)は朽ちても一片の糸くずのようなDNAを末代までに伝えていこうとする。人間はDNAのほかに、自分たちの作り出した精神活動を後代に伝えていこうとする。たとえば、ベートーベンが作曲した「運命」を300年にわたっていろいろなオケによって、何万回も演奏されてきた。ドーキンスはこのような現象を起こすパワーを「ミーム」と名付けたが、ミームはすなわち文化の謂れに過ぎない。われわれは文化を創造すると同時に、また次代に今ある文化を継承していかなければならない。死とまみえて、生まれて初めて凛としたとき、そういうことを想起しそうであるが、それでは遅いので今のうちに、「創造」できないわれわれは、せめて「継承」に一臂の力を注ぎたいものである。

 

*注④  SAPの事業を持続可能にするためには、もちろん、利益を上げなければならない。我々自身が経済的責任を負うイベント(つまり主催をする)も、少なからず多いので、その損失リスクをカバーするためにも、利益には常に着目しなければならない。少しでも費用を少なく、売り上げを大きく、目を血眼にしてあれやこれや考える。しかし一方、これほど利益にこだわっていても、1年もすれば、あの時のイベントがどのくらい利益を上げたか、いや、そもそも儲かったのかどうかすら、忘れてしまう。全く思い出せないのだ。
 しかし、人の印象は違う。「あいつには世話になったよなー」という感謝の気持ち、または「あいつ、あの時、きたなかった」というような恨みは、1年たっても、3年たっても、いつまでも忘れないのだ。生命にとって、金など登場してきたのはごく最近(2000年もたたない)。いっぽう、仲間との関係は、数億年、哺乳類が出現してからの付き合いがあるのではないか。

 

 

 

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