別子銅山の歴史は、急激な産業近代化の一方で、自然環境の再生にも取り組んできた歴史であります。先人の足跡に思いを到し、産業と自然環境の共生を成し遂げた別子の山において、新居浜の伝統文化である太鼓台や地域和太鼓団体を中心に、日本を代表する和太鼓奏者・林英哲氏や歌舞伎舞演者・中村壱太郎氏などをゲストに迎え、日本一の「新居浜・森の太鼓フェスティバル」を開催します。
日本の伝統文化の競演を存分にお楽しみください。

新居浜 森の太鼓フェスティバル 
~自然と共生~

2013年11月16日(土) 12:00開場 13:00開演

会場 マイントピア別子端出場ゾーン芝生広場

   入場無料 雨天決行・荒天中止

 

主催 新居浜市文化遺産等魅力発信プロジェクト実行委員会

 

お問い合わせ

新居浜市文化遺産等魅力発信プロジェクト実行委員会

(新居浜市役所企画部総合政策課内)

TEL 0897-65-1210

〒792-8585愛媛県新居浜市一宮町一丁目5番1号

 

Festival Program

第1部「新居浜太鼓祭り」

13:00開演

オープニングセレモニー

新居浜の太鼓演奏 出演:勇太鼓、大西社中、黒森会

( 休 憩 )

第2部「ニッポン、太鼓!」

15:00開演(16時30分頃終了予定)

歌舞伎囃子 舞:中村壱太郎、お囃子

出演者トーク 出演:林英哲、中村壱太郎、田中傳次郎(鼓奏者)

林英哲 ニッポン和太鼓 出演:林英哲

森の太鼓フェスティバルフィナーレ 出演:全出演団体

【会場アクセス】


 

 

出演者紹介

第1部「新居浜太鼓祭り」

新居浜市 勇太鼓保存会

●新居浜市 勇太鼓保存会

新居浜勇太鼓は、四国三大祭りとして有名な新居浜太鼓祭りの音をモチーフとして昭和62年、新居浜市制50周年を記念して和太鼓曲を創作。演奏は四つの場面から構成、最初は邪気を払う鬼の場面、次に夜が明け寄せ太鼓の音が次第に高まり、かき夫のざわめきが一段と大きくなる場面、次に太鼓台が神社に集合して練り歩き豪快にかき比べをする大ぶりの場面、そして最後がクライマックスを迎えた勇の場面です。勇太鼓の名前の由来はこの「勇」からとったもので、伝統的な太鼓の打ち方を保存すると共に、郷土芸能として継承、発展させていくために保存会を結成し、26年間に渡り技を磨いています。

 

和太鼓 大西社中

●和太鼓 大西社中

「響け太鼓、創ろう文化」をメインテーマに、大西社中では太鼓の練習に取り組んでいます。民謡のお囃子の太鼓、盆踊りの太鼓、また日本各地に伝わる伝統芸能の太鼓など40名のメンバーで練習を行っています。21世紀は文化の時代と言われています。和太鼓も文化のひとつとしてとらえ、地域に根ざした活動をしていきたいと思って演奏をいたします。

 

和太鼓クラブ 黒森会

●和太鼓クラブ 黒森会

和太鼓クラブ黒森会は、和太鼓の音色・響きに魅了された大生院地区の仲間を中心に、平成6年に結成され、当初は5名と少人数でしたが、今では男女約11名、年齢構成も10歳代から60歳代と幅広く活動をしております。芸術の道は何れもそうであるように、和太鼓も奥深い道であり、聴く人を魅了するような和太鼓本来の音色を出すには、10年は必要だと感じています。私達黒森会のメンバーは、チームワークを大切にするとともに、個々の技量のアップを目指し練習に励んでおります。

 

 

第2部「ニッポン、太鼓!」

●歌舞伎囃子 舞:中村壱太郎

初代 成駒屋。平成2年8月3日生まれ。中村翫雀(かんじゃく)の長男。祖父は坂田藤十郎。母は吾妻徳彌。3年11月南座『廓文章』手代壱太郎で本名にて初お目見得。7年1月大阪中座『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名のり初舞台。

写真:「咲くやこの花芸術祭2012」

 

●林英哲

11年間のグループ活動後、82年太鼓独奏者として活動を開始。84年初の和太鼓ソリストとしてカーネギー・ホールにデビュー、国際的に高い評価を得た。以後、ジャンルを超えた世界のアーティストやオーケストラと共演しながら、新しい太鼓の音楽を創造し続けている。2000年にはベルリン・フィルと共演、2万人を超える聴衆を圧倒させた。2007年ソロ活動25周年記念コンサートを全曲太鼓協奏曲で企画・構成初演、絶賛を博す。2012年2月演奏活動40周年記念4日間連続公演は満員大絶賛を博し、アンコール公演「七つの輪具」は11月17日東京・サントリーホールで行い大好評を受け、地方でも開催。

著書「あしたの太鼓打ちへ」の第2弾「林英哲 太鼓日月」講談社より2012年11月発売。97年芸術選奨文部大臣賞、01年日本芸術振興賞受賞。洗足学園音楽大学客員教授。オフィシャルHP http://eitetsu.net/

 


 

 

新居浜の観光スポット・魅力発信

別子銅山の歴史は、元禄3年(1690)、別子山中における露頭の発見に始まります。翌年、住友家による別子銅山請負稼行が幕府により認可され、以後昭和48年(1973)の閉山まで283年間の長きにわたり採鉱が行われ、江戸時代から昭和に至る日本経済を支えるとともに産業の近代化の礎を築いた世界的に知られた鉱山でした。その間、世界にも例がない一企業による採掘が続けられ、その採鉱跡などが、貴重な近代化産業遺産群となっています。また、煙害対策や植林事業など環境への配慮がとられるなど、多くのことを学ぶことができます。

 

 

 

 

 

 

東平(とうなる)エリア

東平は標高750mの山中に位置し、明治35年(1902)の第三通洞の貫通を契機に、大正5年(1916)から昭和5年(1930)まで採鉱本部が置かれました。最盛期には約3800人もの人口がありました。昭和43年の東平坑の閉坑により人々は離れましたが、貯鉱庫、索道基地、インクラインなどの跡や第三通洞、第三変電所など多数の産業遺産が残っています。現在は、「マイントピア別子 東平ゾーン」として歴史資料館などが整備され、「東洋のマチュピチュ」として人気の観光スポットとなっています。

 

立川・端出場(たつかわ・はでば)エリア

◇旧泉寿亭特別室棟

昭和12年、別子銅山開坑250年記念のお客様を迎えるために、住友企業によって建てられた純和風の接待館です。「泉寿亭」は、住友の屋号である「泉屋」を寿ぐ館として名づけられました。
別子開坑300年後の平成3年、新居浜市別子銅山記念図書館を建設するため、一部が端出場エリアに移築されました。

(国の登録有形文化財)

◇旧端出場水力発電所

明治45年、我が国最大級の出力3,000kwの電力供給施設が建設され、当時としては東洋一であった597mの落差を利用した発電を行なっていました。人力、牛馬及び蒸気機関に頼っていた動力を安定的に供給するために建設されたものです。

(国の登録有形文化財)

 

◇端出場鉄橋・隧道

明治26年、別子鉱山鉄道下部線の開通に伴い、足谷川に架設されました。この橋は、鉱山専用鉄橋として設計され、ドイツより輸入、製作されました。鋼材の連結点がピンを用いて組み立てられていることから“ピントラス橋”と呼ばれ、建設当時の場所で現在も使用されている国内唯一の橋で、大変価値のあるものとされています。鉄橋・隧道は、現在もマイントピア別子の観光鉄道として利用されており、当時の職人の技術力の高さや情熱を感じることができます。

(国の登録有形文化財)

 

◇遠登志橋

この鉄橋は、明治38年、『長さ48.26m、幅2.4m、高さ23.2m』の当時として我が国最大級のもので、かつて別子銅山の採鉱本部があり集落が形成されていた東平へ、更に銅山峰を越えて、別子山地区へいく生活道として利用されました。明治期に建設された鋼のアーチ橋で、当時の姿をとどめているのは、この橋だけで「日本最古級の鉄橋」と言われています。

(国の登録有形文化財)

 

上原・山根(うわばら・やまね)エリア

◇旧山根製錬所煙突

明治21年、現在の別子銅山記念館周辺に山根製錬所が設置され、現在、山頂(生子山)には煙突が残っています。レンガ造りの煙突は、高さが約20mあります。山根製錬所は、銅製錬とあわせて、八幡製鉄所が設置される7年前に製鉄も行なわれていました。120年の時を越えた今、「えんとつ山」の愛称で親しまれ、地域のシンボルとなっています。

(国の登録有形文化財)

 

◇山根競技場観覧席

昭和2年、別子銅山の最高責任者となった鷲尾勘解治の指揮のもと、住友各企業の社員による作務と呼ばれる勤労奉仕により建設されました。400mのトラックを持ち、収容人数は約6万人と言われ、当時は住友各企業の運動会に、現在では太鼓祭りのかき比べ会場として、多くの観覧者で埋め尽くされます。

(国の登録有形文化財)

 

◇旧広瀬邸

明治中期の大規模和風住宅で、平成15年、新居浜市初の重要文化財として指定されました。建具に用いられているガラスをはじめ、避雷針、洋式トイレ、暖炉など数多くの西洋からの輸入品を見ることができ、母屋2階の「望遠楼」と呼ばれる部屋からは、新居浜市街を一望することができます。

(国の重要文化財)

 

新居浜太鼓祭り
〜男祭りの異名を持つ、勇壮華麗な郷土の祭り〜

毎年10月中旬に開催される新居浜太鼓祭りは、四国三大祭りの一つに数えられ、新居浜が全国に誇る伝統行事です。金糸で刺繍された豪華絢爛な布団締めや幕を付けた太鼓台は、高さ約5.5m、幅約3.4m、重さ約3tで、約150人の「かき夫」と呼ばれる男たちが支え担ぎます。祭り期間中は全国各地から観客が集まり、市内は祭り一色となって太鼓の音が鳴り響きます。市内には現在51台の太鼓台があります。

 


 

 

レポート

オープニングセレモニー

オープニングは囃子の田中傅次郎氏と英哲風雲の会によるオープニングパフォーマンス。

続いて、新居浜市文化遺産等魅力発信プロジェクト実行委員会委員長の石川勝行新居浜市長から 明日の世界に向けたメッセージの発信により「新居浜 森の太鼓フェスティバル」は幕を開けました。

 

オープニングパフォーマンス

新居浜市文化遺産等魅力発信プロジェクト
実行委員会委員長 石川勝行新居浜市長の挨拶

 

開催案内

約1500名の観衆

第1部 新居浜太鼓祭り

新居浜に拠点を構える三つの太鼓団体がそれぞれに個性溢れる太鼓パフォーマンスを披露。

和のリズムで包み込んで会場に集まった約1500名の観衆を盛り上げました。

 

新居浜勇太鼓

和太鼓 大西社中

和太鼓クラブ 黒森会

第2部 ニッポン、太鼓!

第2部は「ニッポンの太鼓」と題して、出演の田中傳次郎氏、中村壱太郎氏、林英哲氏の3人によるトークセッションから始まりました。

「歌舞伎舞踊と囃子」「ニッポンの太鼓ニッポンのリズムの魅力」など、各テーマに沿ってプロフェッショナルならではの興味深いお話が聞けました。

続いて、田中傳次郎氏、中村壱太郎氏による「歌舞伎囃子と歌舞伎舞踊」では「龍の舞」披露し、静と動の美しい舞が観衆を魅了しました。

第2部の最後は「ニッポン和太鼓」。林英哲氏と英哲風雲の会のメンバー3名による白熱のステージ。

林英哲氏が叩き奏でるリズムが周囲の森に響き渡りました。

 

トークセッション「ニッポンの太鼓」

歌舞伎囃子と歌舞伎舞踊

林英哲「ニッポン和太鼓」

フィナーレ

新居浜が世界に誇る「太鼓台」がフェスティバルのフィナーレを飾りました。

上泉太鼓台の総勢150名余りのかき夫による演技は圧巻です。そして最後は夢の太鼓共演。

新居浜勇太鼓から始まり、和太鼓大西社中、和太鼓クラブ黒森会と順に続いて、そして林英哲氏が再び登場。

さらにそこへ上泉太鼓台も加わって会場のボルテージは一気に上昇。まさに太鼓好きにはたまらない夢の共演となりました。

 

上泉太鼓台

太鼓共演

動画

新居浜の太鼓演奏を動画でお楽しみ頂けます。

●新居浜市 勇太鼓保存会

http://www.youtube.com/watch?v=bFVYRVOZI04

 

●和太鼓 大西社中

http://www.youtube.com/watch?v=IOD2TMul1D0

 

●和太鼓クラブ 黒森会

http://www.youtube.com/watch?v=ECSxZ1qqgnA